病気がもたらすもの

病気を患ったり大怪我を負った経験があると、疾患を抱える患者さんの苦しみや辛さというものを精神的にも身体的にも感じ取ることができるようになるのではないでしょうか。このような経験があると、自分以外の他者に対して優しくなれるとも言えるでしょう。これは、医療従事者に限った話ではなく、私自身、叔父の姿を見ても感じたことです。叔父は心臓の手術をするまで、お世辞にも決して温厚だとは言えないような性格でしたが、手術後、退院してきた叔父は、別人のように品行方正な人格者になっていたという経験があります。心臓の手術を命がけで行い、退院できた事で、入院時お世話になった看護師さんや、ドクターへの感謝はもちろんの事、それ以外の家族のサポートへも感謝の意を表す叔父の姿に、「病」が人々にもたらすものとは、なんとも恩恵が深いものだと感慨深く考えてしまいました。叔父の半生は、不良少年が社会人になってみたものの、周囲の人々を困らせるばかりの生活で、お酒と借金に塗れた生活が彼の全てを物語っているというような状況でした。叔父の心臓の術後、身体に残る傷の痛みを語りながら、健康のありがたさについて、親戚一同に話す彼の姿に、皆、安堵の息を漏らしたのでした。「病」は、人々にとって外敵とも言うべき、阻害すべきものですが、今回の叔父の変わりようをみていると、「病」という存在のあり方を今一度、考えさせられるような気分になりました。「病」スコープには、「健康」スコープから覗く世の中とは別に、何か特別に見えないものさえも見せてくれる機能があるのかもしれません。「医師 求人」「看護師 求人」「医療クラーク 求人」などにおいて、医療関係の職場を選択する人々にも、「病」スコープのような機能をもった能力が職場経験を通して、年々備わっていくのだというような逸話を小耳に挟んだ事があります。職業によって、時として特殊な能力を身に着ける事ができる事は、「医療」の現場に限った事ではありませんが、自宅のベッドで高熱にうなされるような時に、皆さんも「病」スコープの存在を思い出してみて下さい。何か人間が弱った時にだけ発揮される特殊能力が開花されるかもしれません。「医師 求人」「看護師 求人」「医療クラーク 求人」などに応募し、医療の現場に携わる志をもった友人らに、この話をすると皆一同、「病」スコープなるものの存在を笑いますが、私自身は、「病」に弱った時と「健康」な身体の時に、垣間見る世の中は違って見えるものだと考えています。