人体の不思議

友人のご主人が、脳の手術をしてから、おかしな言語を話すようになったという話を聞かされ、驚いた出来事から数年後、自分の身内でもそのような不思議な出来事に遭遇するとは、考えてもみませんでした。私の父親が脳出血で倒れた際、救急車で運ばれ、ドクターの判断で、大掛かりな手術は回避したのですが、生死の淵をさ迷い意識が戻った際に、以前、友人から聞いていた出来事と類似した出来事に遭遇する事となりました。救急車で運ばれた父親の容態が、今夜が峠だとドクターから聞かされてから、数日後、意識を回復させた父親が発した言葉は、浮世離れしたような家族の会話となりました。数年前に、友人のご主人の逸話を聞いた時は、他人ごととして驚きましたが、実際に身内の身にそのような現象が起こるというのは、目の前で起こってきても信じがたい出来事でした。実際に父親が倒れてから、1ヶ月ほどで、リハビリテーション病院へと転院させて頂き、順調な回復へと向かったのですが、その道のりは、単調なものではありませんでした。リハビリテーションでは、作業療法士や理学療法士、言語聴覚士などによって、様々な身体への刺激を試み回復を促していきます。そのようなリハビリの作業と人間の身体の回復を目にすると、人間の身体の不思議は、「病」スコープを通して万華鏡を覗いているように感じました。「医師 求人」「看護師 求人」などで、医療を志す友人らに、自身の父親のリハビリの状況を話してみると、そんなに珍しい事ではないような口ぶりでしたが、「健康」スコープでしか、物事を覗き込んだ事のなかった私などには、少々、刺激の強い世界でもありました。生死の淵からでも、人間が回復する姿は、人間が人間で在る為の条件を身に付けさせているように見えました。そしてまた、人間とは想像以上に強い生き物なのだということを実感させられました。「医師 求人」「看護師 求人」を志す友人らには、人間の回復していく様は、見慣れている風景なのかもしれませんが、脳出血で倒れた父親が、遠のいた意識から回復した時に、宇宙と交信でもしているのだろうかというような言語を発した姿に、「病」スコープから覗き込んだ人体の不思議がありました。

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